6月26日(水)天気雨
昨日、今日ととても寒かった。閉まっていた長袖をまた出して、、
雨がしとしと降っています。今も。
雨の日って不思議と眠くなったりなんだか何もする気がなくなったりします。
それにはちょっとした理由があるようなんです。
母の胎内にいる時の音が、雨音に似てるんだそうです。
だから心地よくなって眠くなると言う説があって。そういえば納得もしますね。
先週末、約2年ぶりくらいに大阪、京都へ行きました。

↑大阪の街を空の上から ANA19便 伊丹行き
ちょっとした用事があったのですが、京都では京都在住の女性写真家と
北海道在住の写真家の方と会って3人で大原の三千院の紫陽花を撮ってきました。
天気はあいにくの天気。そう、紫陽花には向かないピーカンです。
このところ雨が降ってなかったせいか紫陽花たちは精彩を欠いていて、下をしょんぼり
向いてしまっていました。
今回もまたデジカメ一本!三脚も持たず、たまに星野さんにお借りしたりしましたが。。
あんまり出来はよくないのですが、記念にアップしたいと思います。なのでここには紫陽花は載せません。
大阪では、HPを通じて知り合ったやはり写真家のお二人と会い、大阪の夜を満喫してきました(笑)
大阪ってね、最近、結婚式とかでしか行ってなくて、ゆっくりいたことがあまりなかったんです。
今回ちょっと見てきましたが、なんだかとても好きになってしまいました。
なんというか、自分の感情が素直に表せるというか、人情の街と言われるだけあって
ハートが熱くなったんですよね。
大阪には学生時代留学していた時にアメリカで知り合った友達もいるのですが、
彼らはこっちの人と違うんです。なにが違うって?社交辞令が効かない。
例えば、こっちの人なら、“今度遊びに行くね!”って別れ際に言うでしょう?いつ具体的に行くかどうかは置いていおいて
とりあえず挨拶代わりに言ったりしますよね。
そうすると、しばらくして行かないと、“なんでこーへん?”って怒られる(^^;;)
そして、遊びに来てね!って言うと、本当にすぐ飛んできてくれる。
もちろん嬉しいのだけど。。
あと、今回の旅じゃないんですが、コンタクトを落とした人がいたんですよ。梅田の繁華街で。
みんな通り過ぎていかないで一生懸命に探してくれてた。
最初は一人、二人、、そして最後には10人以上の人が一緒に探してくれてたのを見たことがあって、
びっくりしました。東京近辺ではありえない光景。
もちろんあるのかもしれませんが、たいていは“他人事。。探してあげるなんて恥ずかしい”ていう感じで
無視していく。
大阪の人は優しいな〜って感じたことがあります。もちろん関東人が優しくないわけじゃないんですけど。
素直というか。。虚勢張ってないと言うか。
私が大阪で感じたものを写真で表すならば、、

こんな小さな居酒屋で、大阪の歌を心から熱唱して歌う人々。自分のことをブスと平気で書く、ママさん。
虚勢がないんですよね。東京の銀座のママさんは間違ってもこんなこと書かないわ(笑)
大阪出身の人は私の写真クラブの人で一人、仲の良い人がいるのですが、
関東に来ても、絶対大阪弁を崩さない。その一貫した頑固たる姿勢。もう関東に住んで10年以上が経つのに・・。
カラオケでも東京の歌は少ないけれど、大阪の人情を歌った歌のなんて多いこと!
大阪を愛してるんですね。みんな。誇りに持ってる。
なんでそうなのかが少しわかった気がしました。
大阪梅田での1枚を。

↑
ヨドバシカメラがあった!(笑)ないわけないかにゃ。カメラマン魂が騒ぐお店なのだ♪

↑京都大原のシソ畑 綺麗な紫です(大原は深い森に包まれていてとても好きです)
このシソを使ったお漬物をはじめ、たくさんのお漬物が売っていました。私もたくさんお土産でゲット!

↑大原で食べた“おかゆご膳”1350円なり。上のシソ畑を見下ろしながら食べました。
京料理は薄味っていいますが、まさにこれは薄味で上品で本当に美味しかった!!(京都在住星野さんが連れて行ってくれました)
おかゆに乗っているシソは上の写真でとれたもの。こんな食事は本当に体によさそうですね。
最後に京都で撮ったにゃんこを紹介して終わります。
(今回の旅で本物の猫ちゃんには1匹だけ会いました。夜中、大阪で何かをくわえて走っていた姿だけでした。
すぐ追いかけたのですが夜の藻屑に消えていきました(^^;;)残念)

舞妓さんとにゃんこの組み合わせが妙に気に入りました。舞妓さんが“おいでやす”
にゃんこは“おいでにゃん!”と言っているぅ(^^)
(大原三千院近くの土産屋さんにて)
また行きたいな〜。関西(^^)世界6大陸旅したことある私ですが
日本はまだまだ行ってないところががたくさんあります。
もっと近くに、私が知らない日本があるはず。もっと旅したいなって思う。
尾道なども行ってみたいところ。猫がたくさんいるそう(=^。^=)
20日。こんなニュースがありました。
◆「国に対する犯罪行為だ」ペルージャ会長、韓国の安を解雇
決勝ゴールがアダで解雇?! 18日のW杯決勝T1回戦・韓国−イタリア戦で延長後半12分に、
イタリアを破るゴールデンゴールを決めた韓国代表FW安貞桓(26)を所属チーム・セリエAペルージャのルチアーノ・ガウチ会長が
「イタリアのサッカーを壊すような者に給料を払うつもりはない」と激怒。クビを宣告した。
W杯のヒーローを待っていたのは、クビの宣告だった。
イタリアを倒した“戦犯”に対し、ガウチ会長は激怒。安に対し、解雇の意向を言明した。
19日付の地元紙「ガゼッタ・デロ・スポルト」が報じた。 同紙で同会長は「彼がペルージャに足を踏み入れることは二度とない。
彼の行動はイタリアのプライドを傷つけるものであり、2年前に彼を受け入れた国に対する犯罪行為だ。
イタリアのサッカーを壊すような者に給料を支払うつもりはないし、安の顔は二度と見たくない」と非難した。ニュースより。
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このニュースは私を悲しくさせました。。
もっと大きな心を持てなかったのかな、ペルージャ会長。懐が浅すぎますね。
国に対する犯罪行為??じゃ、安選手はイタリアのためにわざとゴールをしないでいろということ?
ワールドカップがこのようにかえって国同士の敵対心から生まれる憎しみを生むのであればそれは悲しいことです。
平和の祭典であって欲しいのに。
日頃思うのですが、地球に紛争が起こるのは国が分かれているから。人は領土をめぐって争う。
過去の歴史を振り返るとずっと領土の奪い合いだった。
領土争奪の争いでいったいどれくらいの人が死んでいったのでしょうか。
私は常日頃、“世界連邦政府”ができるといいなって思う。地球上には国は一つしかない。
一つだから争いも起こらない。でも、、そうしたらワールドカップはなくなってしまうのかな?
国の中にチームを作ればいいのかなぁ・・なんて思ったりして。
昨日あるところで知った、素敵な言葉を紹介します。
愛はまず家庭から始まるのです。
愛は家庭に住まうものです。
今の世に不幸と悲しみがこれほど多い理由も、
家庭の中の愛の欠如にあります。
家庭を慈しみの場、限りなく許しあう場としなければなりません。
マザー・テレサ
このマザーテレサの短い文を読んで私はそうだ!そうだと感じました。
子猫を虐待する人間、私はある種かわいそうな人たちだと思う。
マザーの言うように、彼らがたくさんたくさん愛情を注いでもらっていたら、お母さんに、お父さんに・・・。
きっとそんなことはしなかったでしょう。愛を与えられた者は、愛を返すことしか知らないからです・・・。
私はそう信じている。だから、家庭内の親の子供への無条件の愛情はとてもとても大切なのだと思う。
今の地球は国があり、都道府県があり、、そして、、一番下に“家庭”という単位の人の集合から
成っています。家庭は、人の営みの基本なんですよね。
そう、、赤ちゃんは、どんな人も等しく、純粋無垢で生まれてくるのだから。
人格を形成するのは 家庭環境次第なのだと。
愛って言うけれど、なんでしょう。思いやり、、許してあげること。そして無条件で相手を受け入れること。。
それは人それぞれなのでしょうが、私は許してあげることはとても大きいと思います。
ペルージャ会長、安選手を許してあげて欲しかったですね。。。
人々がそんな愛を持てたら、もっと地球は平和になれるのにね。



ミラボー橋の下をセーヌが流れる
ぼくらの恋が流れる
わたしは思い出す
悩みのあとには喜びが来ると…
夜が来て、鐘が鳴り
月日は流れ、私は残る
手をとりあい じっと
顔と顔を見あわせていようよ
ぼくらの組んだ腕の橋の下を
永遠のまなざしの疲れ切った波が通ってゆくあいだ
夜が来て、鐘が鳴り
月日は流れ、私は残る
恋はすぎる この流れる水のように恋はすぎる
なんて人生は遅く なんて「希望」ははげしいのだ
夜が来て、鐘が鳴り
月日は流れ、私は残る
日々は行き そして週も行く
過ぎた時も 恋たちも戻ってはこない
ミラボー橋の下をセーヌは流れる
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この詩は女流画家マリー・ローランサン Marie Laurencin との愛情の移り変わりを歌った詩です。
彼は彼女に6年間に及んだ愛の決別をされ、この別れをきっかけにしてローランサンは画家として一人立ちすることに
成功します。しかしアポリネールはどうしても彼女のことを忘れることが
できず、終生彼女を慕い続けました。この別れから5年後にスペイン風邪
のため38歳の若さでアポリネールが死んだ時、彼の枕元にはローランサン
の名作「アポリネールと友人達」が架けられていたそうです。
なんで彼を紹介したのかって?
このミラボー橋という詩は、私が小さい頃からずっとつけていた一冊の通称『さくらんぼ日記』の
あるページに書かれていて、時あるごとに、この文章を読んでいたからなんです。
恋を知っていたときも、知らなかったときも。そしてこの詩は私といつも共にありました。
フランスを訪れたとき、ミラボー橋を訪れて、しばしアポリネールの気持ちを思ったことがありました。写真があるのですが
なにせ昔で、まだ一眼レフを持っていなかった時期でろくなものでないですが、いつかスキャンできるといいのですが・・
どんなに思っても、空しくセーヌの川の流れは行く・・その気持ちが痛いほどわかりました。
そして気持ちは募るばかり・・。誰でも恋し破れた経験のある方はわかると思います。
でも、、セーヌの流れを見ていて思った。アポリネールは本当に孤独だったのだろうかと。
愛しい恋人は去ってしまったけれど、今日も変わらずセーヌの流れは自分を優しく包んでくれてるのではなかったでしょうか。
そんな風に思った記憶があります。私たちが激しく揺れ動いても、自然はいつも変わることなく
見守っていてくれるのではないかと。それは無条件に・・・いつでも・・。たとえ私がどんな人間だろうとも。
この詩から、自然(セーヌ川)の無限の懐の深さも感じるのでした。
この詩はまた、今の私の気持ちにも通じるものがありました。
ユキを亡くし、恋焦がれ、どんなに思っても、空に雲は流れていく・・・季節は流れていく・・。太陽は落ち
そしてまた夜が来る。。
心は留まっても、周りは止まることはないのです。
人生というもの、、をよく表していると思います。
そう、人は生きているといろんな苦痛や困難や悲しみにぶつかる。自分の意のままではどうしようもないことが。
でも、一方、時は流れ、全ては何事もなかったかのように過ぎていく。
ここで大切なのは、アポリネールは悲しみの後に喜びが来ると信じていることです。
この言葉が健気で心を打ちます。それがないと、、人は前へ進めないでしょう・・。
他にも、アポリネールはこんな詩を残しています。この詩は、失恋が彼を変えて行って生まれたのでしょうか。
『端っこにおいで』
『できません。怖いんです』
『端っこにおいで』
『できません。落ちてしまいます!』
『端っこにおいで』
そこで彼らは行った。
彼は押した。
彼らは飛んだ。
行こう。そして、一緒に飛ぼう。
この短い詩、なんだか心を惹かれました。私なりに解釈してみました。
人はいつも怖くて勇気がなくて・・前に進めないことがある・・。
でも、、勇気を振り絞って飛んでみると、、飛べたのです!
でも、、一人では飛べなかった。もう一人の誰かが一緒に飛んでくれているのです。そう、愛に満ちた誰かが・・。
心を暖かくしてくれる詩です。。そして勇気をくれる詩です。
ミラボー橋を書いた同じ詩人とは思えない言葉です。
そう、、きっと、人は留まっているようで、決して留まってはいない。
毎日、一瞬、一瞬、変わっている。昨日よりも今日、もっと成長している。
あなたも私もできないことなんて一つもない。
ただ、怖くてできないだけ。
そう、私は留まることなく勇気を出して飛んでみようと思います。
私を取り巻くいろんなことから、いろんなものから。
昨日の私より、今日の私が素敵であるように。
5月18日 (土) 子猫の里親募集は終了しました!
たくさんの里親さん希望がありました。
ありがとうございました。
一旦、募集は閉め切らさせていただきました。
ここのところ、太陽さんが見えなくて、光がなくてちょっと寂しいですね。
なんだか体もだるい私です。
おかげさまで、こちらのサイトを見てくださる方から、また、里親専用掲示板に投稿させてもらっていたので
たくさんの方から(断るのが大変なほど!)希望をいただきました。
今週末に面接が行われ、無事里親さんが決まりそうです。
可愛い子たちだっただけに、本当によかった!
本当に先日、ひどいニュース(ネットで子猫を虐殺していく模様を掲示板でリアルタイムに流した・・)
があっただけに、里親探しも慎重にならなくてはいけません。
いわゆる“里親詐欺事件”が後を絶たないそうです。
虐待目的に倒錯した人間がいかにもいい人のふりして、希望してきたり、
動物実験売却(1頭10万くらいで売れるらしいのです。)目的のために、家族を使ってまで
猫や犬を求める事件がたくさんあるそうです。
保護者としては、幸せになって欲しいと思い里子に出した結果、とんでもない不幸に遭ってしまうことが
あるのです。。
ですから、里親探しもそれはそれは慎重に見つけないと大変なことになってしまいます。
なんの良心の呵責もなく、あんなに愛らしい動物たちをどうして、虐待することができるのか
私には理解できませんが、そういった悲しい人間がいるのも事実です。。
この世の中自体に問題があるのかもしれません。彼らは犠牲者なのかもしれない。
利潤、利潤、、を追い求め、そしてまたそれを求めなければ生きていけない現実。。
そして、子供たちへの学校教育のあり方(もっともっと“愛”や“心のあり方”などの精神を教えて欲しい!成績がよくなければいけないという風潮はおかしい!
個々一人一人を尊重する教育をして欲しい。。世の中を作っていくのは大人ですが、その大人がまだ真っ白な頃
教育が行われます。その教育の質がよくないと、、その後の社会形成が左右される気がしてなりません。
先日テレビでやっていた言葉、、[学校でいくら成績がよくても、、卒業した後の人生の方が長いのだ]に感動、たけしのアンビリバボー見た方いるかな?)、
そして、親のあり方、親の教育。
人との心のつながりが希薄になり、人は自分だけが幸せになれればよく、持ったものは離さず(富と名誉。。。)分け合うことはできない。
そんな社会の風潮、仕組みがいろんなものを狂わせていると思う。
うまく説明できないけれど、動物実験に関しても、そのものが悪いとかいいとかの問題でなく、
なぜ動物実験をしなくてはいけないのかに問題があると思っています。
それは、合成化学物質を使うからです。家庭用品についても、医学の薬においても。
危険なものを使うから、実験なくては使えない。
人間で試すわけにいかない、、だから動物を使っているのです。
辛い話ですが、例えば、家庭用の合成洗剤の実験では、子犬50匹が使われ、飲まされ、どのくらい
飲んだら死ぬかを実験します。なにげなく使っている洗剤一つに、いったい今まで幾つの命が
犠牲になってきたのでしょうか。その事実を知らないでいることは怖いことです。
医学についてもそうです。生きながら、電気ショックを死ぬまで与え続けられる猫、
痛みのストレスを知るために、犬に麻酔もしないで、足の骨を打ち砕き続ける。。ネットを彷徨っていると、いろんなサイトにぶつかり私は知りました。
シャンプーのテストでは、たくさんのウサギたちの目に首を固定して流します。
ウサギは大人しく鳴かないため、よく実験されるのですが、鳴かないからといって、、心はあります。
痛さのあまりに、飛び跳ね、首の骨を折り死んでしまうウサギもいるそうです。
そう、、あなた、、私が毎日使っているシャンプーはこうして、作られて開発されているのです。
私は化粧品にしてもシャンプーにしても、動物実験をしていないメーカーのものを使っています。
動物実験をしないで済むもの=体によい からです。
たくさんの物言えぬ動物たちの悲しみ、苦しみ、尊い命の犠牲の上で
私たちの社会は成り立っています。決して公式にはでてきませんが。
感謝しなくてはいけません。
そして、合成化学物質でなく、もっと自然のものを使えば悲しい実験も少なくなるはずです。
東洋医学はそういった意味で、もっと見直されていいのではないかと思います。
化学物質はいろんな食品にも添加され、私たちの体も蝕んでいます。そして地球の自然も壊しています。
もちろん最近は、ナチュラル志向も見直され、いろんな面で自然素材のよさが歌われていますが、、
人は傲慢過ぎます。いろんなところで。。感謝の気持ちを忘れています。。
いけないですね、このままだと。。
おっと、話が反れて、ちょっと重たい内容になりましたが、
皆さん猫ちゃんのことご心配ありがとうございました♪
本当に天使のように可愛い子です。


←上のクリームの子は里親さんが決まりました♪







小さくて手に埋まってしまいます♪可愛いですよ♪“----前略・・・それで、その時では全部は見れなかったので一応お気に入りにいれとこ〜っと思っていれてありました!
その時から何か嫌なこと・・・というか、私はこの春で中Bになります。・・・受験です。
そのことで色々悩むこともあるし、友達関係などで悩むこともたくさんある時期なんです。
だから、最近心の中にもやもやがあることが多くて・・・・・
そんなときに、ANNさんの写真を見にくるんです。そうすると、かなり優しい気持ちになったりします・・・・☆
人の目なんか気にしなくていいんだなぁ〜って思います・・その他にもいろんな思いがでてきて前向きになれる気がしました♪
それでちょっとお礼が言いたくてメール打ってます♪-----後略” Nさんのメールから・・・
中学生でネットサーフィンする時代なんだなって驚くと同時に、
私のサイトに来て、優しい気持ちになってくれる。。なんて嬉しい言葉なんだろう。
私のHPの存在が本当に青春真っ只中の、小さく揺れ動く彼女の
心の支えになっているとしたら・・・、こんな嬉しいことってあるでしょうか。
あ、、HPを運営していてよかった。こういう感想をいただくたびにそう思います。
今、青少年の犯罪が増えてきてますよね。きっと犯罪は紙一重・・だと思う。
誰もが抱えている爆弾で、、
爆弾の点火を遠ざけることが私の写真でできたのなら、、それはある種、社会へ
貢献できたのかぁとも思う。ちょっと大げさかもしれませんが、
一人でも、Nさんのような方が増えてくれれば、私は嬉しいし、HPを持っている冥利に尽きます。
あと、年輩の男性からも、失いかけていた大切ものをここへきて、もう一度探すことが出来た、、
といったような感想もたまにいただきます。
これもなんだかとても嬉しいことですね!
分刻みの、慌しい毎日。コンクリートの中で、風に触れることも、太陽の光を浴びることなく
ストレスの中でのオフィスワーク・・・。
通勤途中で、道端にひっそりと咲いて微笑んでいる野の花たちに気づかず、踏みつけていく。
自分は一体何をしているのだろう・・って思うことがあった。。かつて。
私は以前、きっぱりOL生活に終止符を打った。そして、写真という糧を見つけたのです。
ファインダーを覗くと、未知の世界がそこにある。微笑む花たち、喜ぶ新緑の歌声。
健気に生きている虫、そして、町の猫たち。
駅までの10分の道のり。カメラを持つことで、無限の未知の世界を覗ける。
カメラを持っていなければ、ただの道なのに。何も感じなければただの10分の道だ。
下の写真。紫陽花が若葉をぐんぐん伸ばしていたある雨の日。
一枚の桜の花びらが眠っているのを見つける。季節の移ろいを感じ、私はジーンとしてしまう。
散ってしまった花びらを優しく包むように、慈しむように・・
紫陽花は受け止めていました。
見渡すと踏みつけられてちぎれてしまった花びらたちもたくさんいる。
この子はラッキーだったね。ふんわり緑のベッドで。そして私の写真の中で永遠に生き続けるから。
この画像を見るたび、私は思い出すから。
たった、1枚のこの花びらがこの一瞬、存在していたこと。命の輝きを持っていたこと・・・

そう、、カメラを向けていなければ、気づかず通り過ぎてしまったでしょう。
今年の抱負、、もっと、いろんなことを見つけたい。小さいことでいいから毎日
感動したい。いつもアンテナを張って、私に語りかけてくれるものの言葉をちゃんと
取り残さずキャッチしてきたい。そして、そのキャッチしたものを、またHPで皆さんに
伝えていけたら・・って思います。
ユキがいない初めての春。こんなに風は暖かく、気持ち良いのに、その空間に
ユキの姿がなかった。
ユキがいたら、、ユキがいたら、、どんなにか、よかったことか。
今日そんなこと思いながら、お庭を歩いた。どんなに強がりを言って見せても、
やっぱり寂しいのだ。これが私の本音なのだ。。嘘はつけないよ。こんなに美しい季節の中で。